ねえ、

日記

謎ルール

「この程度しかできない」より「これくらいならできる」のほうが精神衛生上よさそげだと一昨日思ったんだけど、ていうか最近は常々そっちのほうが健康だと思っているんだけど、残念ながら私は「できる」と思うことにめちゃくちゃ抵抗がある。

自己肯定感の低さとか完璧主義は生きづらさの一因となるので、ありのままの自分を認める・許す・できたことを意識するとかそういうことを通じて改善していきませう!とよく見聞きする。
その度、いやいや私に関しては自分を律していかないとマジでどうしようもないくらい転落するぞ大体許すとか罪の意識とかなんだよ厨二病かよと私は鼻で笑っていた。自分がそれらをできていないとは思っていなかった。
自己肯定感が低いのではなく、正当な評価として私は肯定される人間ではないし、意識も低すぎるから完璧主義でもないと思っていた。
ありのままの自分を冷静に見定めた上で、改善すべき点が多すぎるのだと思っていた。

昨日のことですら何をしていたかも思い出せなくて日々達成感が無さすぎて生きていられない感がすごかったときに、記録を残して達成感を味わおうとした。具体的に言うと、何かしら「できた」日は手帳にシールを貼っていこうと試みたことがあった(物欲だけは妙にあるのでこのために可愛いシールと手帳を買った)。
しかし毎日シールのことを意識して手帳も開いているのに貼ることができない。手帳まっさら。端から見たら、三日坊主どころか始めてもいないように見える有様。

シール貼れなすぎでしょ…なんで貼れないの?何かしらしてるでしょさすがに…今日は久しぶりに絵を描けたな…シールを貼ってもいいのでは…いやしかしあのときスマホぽちぽちする時間も絵を描くのに費やしていれば今日完成したのでは?時間を浪費したのでは?今日もシールを貼る権利はない…。
…お気づきだろうか。新しいルールが生まれていることを。「何かをできた日はシールを貼ってよい」に加えて、「ただし、少しでも生産性のないことをした日はシールを貼ってはならない」という謎ルールがいつの間にか誕生している。なんてこった。

このルールのもとシールを貼るには、丸一日、ひと時も休むことなく生産性のあることをしなくてはならない。お手軽に達成感を味わおうとしてはじめたはずなのに、全然お手軽じゃない。そもそも、「生産性のないことをしたこと」と「何かしら行動したこと」の間に関係性はないはずである。全然冷静に見定められてない。自分のことは分かっているつもりでいたのに、知らないルールがあった。この辺が、もしかすると完璧主義的なアレなのかもしれない。完璧主義者って、意識を高く持っていてチートかよってくらいにあれこれできる人のことかと思っていたけど、できない完璧主義者というものも存在するらしい(いや本当に、完璧というにはおこがましいくらいの主義だと思うんですけど)。

謎ルールが誕生していることに気づいた時は本当に驚いて、これが…水(ウォーター)…!とちょっとしたヘレン・ケラーになるくらいの衝撃だった。きっと他にも気づいてないだけで謎ルールが色々あるのかもしれない。気づいたらここに書いていこう。

とりあえず、シールの件については抵抗感が半端ないけれど、それが謎ルールによるものであれば目をつぶってセイヤッと貼っていくこととしたい。そのうち慣れることを期待しつつ。…だっていっぱいシール貼れたらいっぱいシール買えるじゃん?(物欲)